2013年2月、3年前の今頃と言えば

滞納していた住宅ローンに加え、その住宅ローンのボーナス払いがある月

感情の起伏は日増しに激しくなり

銀行の催促がきつくなってきている時期でした。







 借金が大きくなってくると、お金がない辛さはもちろんなんですが

それよりも、期日までにお金を作らないといけない

これがなによりも辛いです。

私は、消費者金融、街金融の督促は受けたことがないのですが


カード会社、税金関係、光熱費、の督促より

銀行の督促がほんときつかったです。


最初は1月遅れになって、督促の電話が鳴り出し

それから2月分になったときに、担当の銀行支店から

債務不履行に対する専門の部署に移ってから

もうその方たちは、その道のプロですから

逃げ道を全て、ふさいで話をしてきます。


この頃には、3日おきに現在の状況を電話をするように指示をされ

向こうが納得できる説明ができるまで電話を切らしてくれません。

時には、担当の方がいないと聞き

折り返しますと言って切ろうとすると、代わりに伺いますと

そこからまた最初から説明~担当の方に説明したといっても~説明しなさいと

そこから怒涛の追い込み…

これが、この年の前年夏ぐらいから続いていました。

仕事中でも、電話をなかなか切らしてくれませんでした。


その夏にこんなことがありました。

夏のボーナス払いを前に…

私がこんな状況なもんだから、家族にはなにもしてあげられなくて

嫁が故郷に子供を連れて旅行がてらに里帰りすることになり

私は、ひとり残って…


もう、銀行にはどう説明したらいいのか…

『待てない、なんとかしてください、じゃないと競売になりますよ

今の状態で、もし〇〇さんがお亡くなりになっても保険はおりませんよ!』

もう凄い圧力です。


そんな時に、嫁からメールで

海で子供と遊んで…『あ~疲れたわ~』とメールが…

もう、一人で半狂乱になりましたね…壁蹴ったり、頭をぶつけまくったり


なにも、考えがまとまらないまま

銀行に電話をしないといけない日が

受話器をとっては、ダイアルが押せず…何度も何度も同じことを繰り返し

2~3時間はやっていたと思います。

そうしているうちに、息苦しくなり

ぜ~ぜ~、呼吸がまともに出来なく…

…過呼吸です。


この苦しみは今でも鮮明に覚えていますね。

家には、私一人誰もいない

…ふと、このまま苦しいまま…死ねるか…っと

そう思いだすと…次第に呼吸が楽になり…


過呼吸が収まった頃、…死ねなかった…と

無念の思いなのか、涙がどっと…


それから、なぜか吹っ切れたようになり

なるようになると、電話をした記憶があります。

どんな内容を話したのか覚えていないのですが。


今思えば、激しい感情の起伏ですよね。


3年前の2月、大阪府の相談所に電話をするときも

意味合いは全く違うのですが

なかなか、思い立って電話を掛けることが出来ませんでした。

この事がトラウマになっているんでしょうね…

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